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今日、髪を切りに表参道の方に出かけて、帰り道によくいく靴屋に寄ろうと青山の路地を歩いていた。
しばらくして道を間違えたなぁ〜っと思っていたら(よくいくのに迷うところが悲しい) 後ろから歩いてくるおじさんが 『ホンダの○○が〜■□で』『ホンダは〜で』 こんなGW最後の日の休日まで仕事の話?!業界人?それとも業界人ぶってる人? なんて思っていた。 道が間違えていたので早速路地を横に切り返した時に、そのおじさんの横顔を見た 『鈴木亜久里!?!』 尋常じゃない顔の黒さ(首まで真っ黒)と独特な彫りの深さ、細身で髪はやや白髪あり〜ので..... えぇぇぇ。 ま、まさかこんなところにいるはずはないよな、次はトルコグランプリやないか...っと思いその場を去った。 サラリーマンが持つような黒い変哲のないバッグ、そして1人歩く後ろ姿は、寂しげで、とても代表って感じじゃなかった...。 青山にホンダの本社もあるし、もしかして資金ぐりかなぁって思ってはいたのですが。 帰ってネットを立ち上げると yahooニュースを見ていると都内で会見とあるではないか!!! しかも北青山!まじ会見場に向ってたんちゃうぅぅん!! F1ファンとして話しかけておくべきだったのでしょうかねぇ。 一つの男の挑戦の最後の後ろ姿を見ただけでもF1ファンにとってはよかったかも。 何も知らずに『頑張ってください!』なんて普通にいわなくてよかったかも...(微妙) アグリのチームは本当に頑張ってきたし、ポイントも残してきた。 スペイングランプリでの、国際映像に映っていた佐藤琢磨の粘りの走り&完走には結構きました。 おつかれさまでした。 またF1会場で、会いましょう! |
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毎日ニコニコで岡村ちゃんを見る&アルバム家庭教師を聞く。
なんだか日課になってないか? でも、いい音楽はやっぱ共有したいよねぇ。 生み出された音楽に罪はないのさ〜 しかし便利な時代になった。 今迄自分だけでは探しきれなかった映像がざくざく....? 後は、岡村ちゃん大百科さえ手に入ればばなぁ。 2003年?当時の自分は何をやってたんだってな? 多分、転職してちょいプー状態だったかな。 それじゃ買えないな...1万円以上の限定版を買うには(笑) 自分が岡村ちゃんを知ったのは、中学2年生くらいで 特に聖書にはまってた。よく、靖幸の真似のうまい同級生にバイブルの語りをやってもらいうけまくっていた。 歌詞の全ては田舎の一中学生なんでわかってなかった。今でも全然わからないとこあるけど。 「いじわる」の中の 「明らかに手がチャックで止まらない」 これさえも中坊の自分にはわかりかねた、何?手がチャック?ってって。 今だに本筋は狂わないものの、内容をつきつめると迷宮化する詩の世界感。 岡村ちゃんの歌詞と音と楽曲とって全て5次元くらいある気がするんだよね。 普通の歌手が音楽で3次元をつかっていたとしたら。 2次元の歌詞では、こうもとれるとあぁもとれる、3次元の発音の仕方でああもとれるし、こうもとれる。それを踊って歌われた日には お手上げでこれは繰り上げ5次元の世界感じゃね?みたいな あぁ、その昔 深夜の音楽番組のeZにはまって、その中でたまにでてくる岡村ちゃんのビデオクリップに釘付けにされていた。今ニコニコ見てその映像を堪能しているように。 eZの衝撃は、多分、岡村ちゃんを知れた番組ともあってなんかそれに匹敵するような衝撃は今のところない。 家庭教師のビデオクリップも友人で鑑賞会までひらいて 『もうすぐ 出すよ〜 尻でた きゃ〜』みたいなのりで。中学生だもな。 そしてみんなに、先が読めるから叫ばないで...といわれるみたいなね。 なんて若かった(バカかった) お母さんに、中学生時代岡村ちゃんファンだというとお母さんの知っている同僚より、「Hな唄をうたう人だ」と言われてしまうなど。それだけじゃ無いのに〜〜〜 お母さんは尾崎豊好きだったのに。その親友なんだよ?! っとかね。 そんな、わたしも三十路となり、わかるよ、岡村ちゃん!っと少し近づけた感じです。 岡村ちゃんが薬から離れた先に平凡な人生があったら、 それはそれでいいと思うよ! だって音楽は死なないよ!みんなにこんなに愛された音楽! もちろん、岡村ちゃんも愛されているわけだけど 岡村ちゃんの心の乾きは多分ファンだけでは駄目だと思うよ。 もっと身近な人に支えてもらいたい。 限りある人生を満ち足りたものにしてもらいたい。 |
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岡村ちゃんの裁判が本日行われた。
ちょうどニコニコ動画で’91の家庭教師ライブに最近はまって(中学生ぶり!) 毎夜ノリノリ(死語)な感じでした。 そんな矢先の裁判。はじめて知ったけど裁判の告示?名前があるようで無いようなもんなんや、なんか野菜の品種のような番号みたいなのが告示だったよな。そんな名の裁判をうける被告と塀の中。そんなとこに誰が好き好んで戻ろうと思うか。 薬だからか....。 会社に通常通り出社していたが、日比谷通り沿いの会社だし、結構霞ヶ関も近い方なんだよなぁ〜っとか思いつつ働いていた。 裁判所いって、裁かれる姿をみてどうなんやって 勝手なファン心理を暴走すると そんな場でもただ見てるだけで、そばにいれるだけでもいい!っとかっ? でも、なんか違うんだよねぇ。 歌は好きだし、ステージングも好きだけど、彼の何を知っているか 知る必要があるのか、知られていいものなのかってね。 仕事していた自分の耳に、今回の求刑内容をFMで聞いたときに、とりあえず刑を受けるということで安心した。よかったねぇ、塀の中なら薬と離れられるやんなって が、これってファンだけの色眼鏡心理... 現実は『もうだめだよね』っというファンでない同僚の声 実際、どっかの女優の息子だったらあぁ、駄目やろなってね早速結論をつけるような話だもんな〜。自分はクールなファンだと自負していたが、やっぱファンなんだよね。復帰を期待するあまりに、考えが甘くなる。 確かにファンじゃ無ければ復帰や人間としてどうなんだってのまず思うし、 それが本当に真っ当な考え。日本国民の99%の意見やないかな。 新たな事実の薬の遍歴の告白もはんぱじゃないから、まじめに恐ろしい。 いろいろと岡村ちゃんを語るサイトを巡回してみましたが、結構まじめなファンの方々に失望感が多かった。 それでも待つよ〜ってのもありますけどね。事件がきっかけで曲に触れる人もいるし。 この世はあらゆる神がいるものです。 しかし3度目の逮捕はひどい方だし、4度目なんて話は聞かない。 4度目は取り上げられないようになっている、みたいな感じかもしれない...。 崖っぷち 実際薬をはじめたのも崖っぷちから逃げるためかもしれなかったけど 結局崖っぷちは消えてくれないんですよね。 孤独 孤独から逃げるためかもしれなかったけど 孤独は消えてくれない、1人の個体は1人の周期で活動を遂げるわけだから、そこは生まれた時からある意味孤独との戦いであったかもしれない。 どんなに抱き合ったってスライムみたいに溶け合うわけでもないし。 いわば幻想で孤独を回避するのが一般的で、幻想は健全な幻想(恋とか)が望ましい。 ま、そんな正論がぶっとぶくらいに辛い状況がどこかであったのかもしれない。 極限状態での孤独を表現に昇華したした結果が今迄の表現の根幹。 まぶしい光のもとに人が立った時、そこにはくっきりとした真っ黒い影ができる。 そのバランスを保つのってどうなんですか、 有名税ってやつですか。 そんな状況になったら、どうしたらいいんですか。 この世は無数の疑問の中泳ぐしかないんですよね、 真夜中の暗い海をね、泳ぎきっちゃう勢いでね。 とにかく生きて、体でその更正の気持ちを表すこと。 謝罪文やちょっとしたファンへの気遣い嬉しいけど 言葉じゃ足りない。全然足りない!!!! 期待200%不安120% っということでニコニコまたみる |
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